今回は、一時はもっとも不人気球団のひとつで、近年では逆にもっとも人気球団のひとつともいえる横浜DeNAベイスターズの「アクティブサラリーマン」戦略と、Bリーグの設立時からの成長を支えた「スマホファースト」戦略を例に、スポーツマーケティングについて考えたいと思います。
マーケティングにおける「STP」
スポーツマーケティングについて、「アクティブサラリーマン」「スマホファースト」戦略を考える前に、マーケティング戦略の基本であるS(Segmentation)・T(Targeting)・P(Positioning)について簡単におさらいします。
Segmentation:セグメント分け
セグメント分けは、簡単にいうと市場をどう分けるか、ということです。何か商品やサービスを考える際、すべての人を対象としてしまうとリソースが足りなくなったり、ターゲットを広くとりすぎてありきたりなプロダクトになってしまいます。
これを避けるために、ターゲットを絞るわけですが、この絞る際の考え方・切り口は様々です。
一般的に、下記の切り口があります。
- 人口統計的な切り口(デモ・グラフィック変数)
- 地理的な切り口(ジオ・グラフィック変数)
- 心理的な切り口(サイコ・グラフィック変数)
- 購買活動・購買心理的な切り口
これらの詳細については今回触れませんが、自社にとって意味のあるセグメント分けを行うことが重要です。横浜DeNAベイスターズの「アクティブサラリーマン」やBリーグの「スマホファースト」の例でいえば、人口統計的な切り口と購買行動・購買心理的な切り口が主に考えられていたのではないでしょうか。
Targeting:ターゲット選定
ターゲティングは文字通りターゲットを絞る考え方になりますが、上記のセグメント分けされた市場のうち、どの市場を狙うかを定めることになります。ターゲットを絞れば絞るほど、そのニーズに合った商品・サービスに仕上げることができるので、ターゲットのニーズを満たす確率は高くなりますが、絞りすぎるとそもそも市場が小さすぎて収益性が下がる、といった問題もあります。このジレンマをうまく回避し、バランスが良い、そして拡張性のあるターゲティングが大切です。
「アクティブサラリーマン」では、30~40代の男性、つまり仕事でもある程度裁量のある役職についていて、家庭を持っている可能性も高い、かつボリュームのある層をターゲットとし、そこから他のセグメントにも広がっていきました。
「スマホファースト」は、若者に人気があり、野球・サッカーと異なり男女が幅広くプレーできるバスケットボールの競技特性を活かし、若者をターゲットとしたデジタルマーケティング戦略をはじめ、「スマホ」に最適化したコンテンツの配信やチケッティングを展開しています。
Positioning:ポジショニング、差別化
ポジショニングは文字通り、他との差別化です。競合と差別化し、顧客から自社の商品やプロダクトがいかに魅力的なものとして認識してもらうか、と言い換えることもできます。ここで、「認識」がひとつ大事なキーワードです。
最近では、あらゆる商品・サービスにおいて機能面における差別化は難しいといわれています。いくら高品質なものを作っても、情報が溢れ、変化のスピードも速い現代ではすぐに追随されてしまいます。
DeNAの「アクティブサラリーマン」をターゲットとした戦略は、いかに球場を「楽しい居酒屋」として認識してもらうか、という戦略でもあったということもできるかもしれません。
Bリーグの「スマホファースト」に関しては、SNS映えするようなイベントや演出などを中心に、若者が知人同士で楽しんだり、SNSで承認欲求を満たせるコンテンツとしての立ち位置も確立しているといえます。
スポーツマーケティング分析①:横浜DeNAベイスターズの「アクティブサラリーマン」戦略
そもそも、今ではプロ野球ビジネスあるいはマーケティングにおける成功例として頻繁に取り上げられる、「アクティブサラリーマン」をターゲットとした戦略ですが、その前提として、横浜球団はTBSの身売りからDeNAが経営権を引き継いだところに端を発しています。
余談ですが、この連載は非常に興味深かったです。
「横浜DeNAベイスターズ」の球団社長としてやってきたのが、今では業界でその名を知らない人はいないでしょう、池田純氏です。彼は、強いチームを作るには強いビジネス基盤が必須だと考えました。就任初年度の春季キャンプ初日の前日のミーティングでは、選手含むチームスタッフ全員の前で球団経営の話や、収益を増やすためにファンサービスの重要性などの話をし、「なぜ今その話をするのか。俺たち選手には関係ない」といった冷たい反応を受けたそうです。
結果的に、球団経営黒字化のタイミングとシンクロするように、チームの成績がよくなり、近年ではCS(クライマックスシリーズ)に進出することが多くなりました。
球団経営改革を支えた「アクティブサラリーマン」戦略とは
マーケティングのSTPの概要説明の際にも例として少し触れていましたが、改めて本記事のテーマでもある「アクティブサラリーマン」戦略について。
(引用元:横浜DeNAベイスターズHP)
「アクティブサラリーマン」戦略は、球団経営改革の一環として位置づけられる事業戦略であり、黒字化に向けて観客動員数を継続的に増やす施策として、30~40代の男性をターゲットに何度も来場してもらうために様々な企画が実行されました。
代表的なのが写真にもあるオリジナルのクラフトビール「ベイスターズラガー」および「ベイスターズエール」です。
公式サイトによると、ベイスターズにとってのビールをこのように表現しています。
ベイスターズにとってビールとは
野球は“間”のあるスポーツです。投手がボールを投げる間、攻守交代となるイニングの間など、
私たちは試合が動いていない時間も含めて野球観戦を楽しんでいただきたいと考えています。
ベイスターズが手掛けたオリジナル醸造ビールもその一つ。
一流の醸造家と共に、丹精込めて造りあげた2種類のビールを、青空の下、星空の下、
気持ちの良い浜風を感じながら、どうぞお楽しみください。
ベイスターズが定義した「アクティブサラリーマン」の層は、調査してみると高い頻度で居酒屋に行っていることが分かりました。そこで考えたのが、「その居酒屋をスタジアムに持ってこれないか」ということです。
つまり、野球を肴にしながら飲む・コミュニケーションを楽しでもらえないだろうか、と考えたわけです。野球はサッカーなどとは異なり、間がたくさんあるスポーツです。投球間やイニング間、間が多すぎて家族や友人と話してたら大事なシーンを見逃してしまったこともあるのではないでしょうか。
横浜の地で、開放感を味わいつつ、多くの観客で盛り上がるスタジアムで美味しいビールを飲む。この体験の連鎖を軸に、横浜DeNAベイスターズは観客を着実に伸ばしていきました。
今回のテーマからは外れますが、この考え方は「勝敗に関わらずファンに楽しんでもらう」というスポーツビジネスにおいて大切なポイントにもつながっています。プロ野球では、強いチームでも勝率は6割程度、弱いと4割程度です。年間で半分の試合は負けるわけなので、負けても友人や家族との時間を楽しんでもらい、「また行きたい」と思ってもらうことが収益基盤を強化するうえで肝要です。
「キーインサイト」「バリュープロポジション」のフレームワークによる分析
今では違いますが、従来のプロ野球は小さい頃から自身が野球をプレーしてきた人を主なファンとしてマーケティングを行ってきた(厳密には、マーケティングは不要だった)側面があります。そのコアなファンも、時にはあまり野球に興味がない友人や家族を連れていくことがあります。しかし、以前のプロ野球は「エンタメ」ではなく、あくまで「野球」でした。「野球だけ見せられても面白くない」という隠れたインサイトがあったわけです。DeNAが行った「アクティブサラリーマン」戦略はまさにこのインサイトをついていたといえ、「野球をネタにしてスタジアムという非日常空間を友人や家族と楽しむ」というバリュープロポジションにつながったわけです。
そして、イニング間、投球間の「間」という野球というスポーツの特性を活かし、「ベイスターズラガー」などのオリジナル醸造ビールという「アイデア」が生まれたのでしょう。
横浜DeNAベイスターズのスポーツマーケティングについてはこちらの動画もおすすめです。
【池田純×堀江貴文】横浜DeNAベイスターズ編vol.1〜ホリエモンチャンネルクリニック〜
スポーツマーケティング分析②:Bリーグの「スマホファースト」戦略
Bリーグは日本のプロスポーツとして人気の高いプロ野球やJリーグとの違いなどを分析のうえ、バスケットボールの特性も活かして「若者」と「女性」をターゲットに絞りました。スポーツビジネスの主な柱である「チケット」「放映権」「グッズ」「スポンサーシップ」もスマホでデジタルに完結できるようにビジネスを設計しています。チケットは最初の段階からスマホチケットを導入し、スマホユーザーに最適化しつつ、来場者のデータをリーグ全体で蓄積しています。試合中継に関しては、従来のテレビではなくスマホでの視聴を前提とした番組作りやアングルを意識したコンテンツになっています。
「スマホファースト」からは少しずれますが、若者をターゲットとしている証として、たとえばファッション誌とのコラボでBリーグ選手を露出して話題化することもありました。
▽Bリーグの成功事例を理解できる一冊
なぜターゲットを絞ることが大切か
2つのスポーツマーケティング事例に共通するのは、明確にターゲットを絞っている点です。「アクティブサラリーマン」戦略では、ターゲットを働き盛りの30~40代に絞って、その層が好むような味のビールを強化するなどしました。試合開催日には、横浜スタジアム外でビアガーデンも開催していたそうです。
もちろん、他の絞り方もあったと思いますが、ここで大切なのは、ペルソナレベルでターゲットを明確にしたことだと思います。仕事終わりに、同僚と居酒屋でなく横浜スタジアムで美味しいビールを飲む。この体験をしっかりと設計し、盛り上がった雰囲気のスタジアムでの「居酒屋」を楽しんでもらうことで、再来場してもらったり、今度は家族を連れて休日に観戦に来てもらったり、はたまた別の同僚を連れてきたり。。
この連鎖が波及することで、今ではチケットを取るのがもっとも難しい球団のひとつになっています。
余談ですが、横浜DeNAベイスターズはこの「満員感」を醸成するのが上手だなと感じます。満員状態が続くので、観客席数を増やしている一方、一気には増やしません。
2019年のウィング席増席は、約3,500席を増やしましたが、これも恐らく緻密な計算のうえでのことでしょう。常にチケットが完売状態であれば「早く買わなきゃ」という心理が働き、球団としては試合開始前にはその日のチケット収益が確定している状態を作ることができます。
次の動きとして、シーズンシートの増席にも動いているようですね。こちらもすでに完売だそうです。
絞ったターゲットに刺さる商品・サービスが他セグメントに広がる
ここまで、いかがでしたでしょうか。ターゲットを絞る意義は、それだけ商品・サービスの企画が洗練・差別化されたものになりやすい、という点だと思います。ターゲットに対し、深く感動・共感してもらえれば、その周辺に紹介してくれるので結果的に対象が広がっていくような感覚でしょうか。
当ブログでは、スポーツビジネスを手軽に学びたい方に向けておすすめの書籍も紹介しています。併せてご覧ください。
また、「スポーツマーケティング」という切り口で以下の記事にて整理して解説しているので、こちらもご参照ください。